“冬には恒例の” 〜カボチャ大王、寝てる間に…。K


ほんの数年ほど前まで、
一方的なものとは言え、
王位継承にまつわる のっぴきならない内紛に
その王政が大きく揺さぶられていたとは到底思えぬほどに。
もはや 周辺の諸国からも
畏敬つきの友好しか向けられぬほどの余裕綽々、
体制的にも経済的にもそれは豊かで安定している王国が、
意外にも 安定を見た頃合いから
これまたひっそりと抱え始めた悩みの種が、実は実は 一つある。
まま、こちらのそれは
有力派閥同士が権勢を巡ってガチンコし合ってるとか、
その余波で民が被害を受けたり、国が転覆しそうとか、
そういった物騒なお話ではなくて…。



 「料理長から訊いた話によれば、
  スポンジケーキがふっくら膨らむのとは、
  理屈が異なるそうですよ。」

 「……。(うむ)」

王城の奥向きの特別執務室の外側に位置する裏庭に、
いつの間にか設営された“秘密”の厨房にて。
大窓からさし入るうららかな陽射しに暖められた室内で、
その身なりも黒髪もきちんと整えた長身な内務大臣長様から、
なかなか克服出来なんだ問題点へのアドバイスを受け、
うむうむそうかと頷いておいでなのが、
先年の内紛を経て、
先ではこの王国の後継者となろうこと、
既に国の内外からすっかりと認められておいでの
清十郎皇太子殿下、その人であり。

 ………っていう、ここまでで
 やんわりと笑いつつ“はは〜ん”と、
 何がどうしたかが素早く判ったあなたは、この国の通ですね。

ただただ朴訥だっただけ、
先々では兄を助けて国を支えることしか、考えてはいなかったというに。
その才や人柄の尋の深さを慕われ、
周辺に はべる臣下らのみならず、
諸外国の勇名高き人々からまで人望を集めていた弟へ、
勝手に羨望を高め、
次には自分に取って替るつもりでいるのではないかと疑い、
心を病んでしまった兄王子との諍いが
抜き差しならないところまで来てしまった頃合いに。
ここは身をお隠し下さいと家臣らから薦められた一時的な逐電の最中、
弟王子の疲弊し切っていた心を暖めてくれた小さな少年がおりまして。
そんな彼へ やはり恩を返そうと思っていたらしき、
どうやら“人ならぬ存在”ととの逢瀬によって、
自身のみならず国まで傾きそうだった混乱を静めてもらった清十郎殿下。
朴訥で不器用で、でもでもお心は真っ直ぐで暖かい、
そんな彼を慕う少年を、
お礼というのではなく…むしろ殿下の側からも離れがたいと思ってのこと
身の回りのお世話係という
一応の居場所をもって、そのままお城へ迎え入れられて。
これがおとぎ話なら、これをもって“めでたしめでたし”となるところだが、
ええ、ええ、なかなかそう単純には行きませぬ。
だって人というのは
日々 進化や成長という変化をする生まもの、もとえ生き物だから。
それは素直で健気で一生懸命なセナ少年の様子に、
日々 増す増すと親愛やら敬慕やらの情を
まろやかに暖めておいでの殿下としましては。
国を率いる大事なお勤めとは別に、
あくまでも個人的な範疇での力や才でもって、
そんな彼へと何かして上げたくてたまらぬ時期が
冬のこのころに毎年毎年やってくる。
セナくんが生まれた おめでたい日に、
剣術や武道や、はたまた政治向きのあれこれ以外は
とんと不器用なその身を省みず(おいおい)、
少年の好きな甘いのを何とかその手で作ってあげようなんてこと、
思いついての実行しだしたものだから。
それでなくとも
歳末の決算期という繁忙期になんてまた悠長なことを…とか、
いやいや もしかしてこれは殿下の逃避行動かも知れぬ、などなどと、
どこの試験日前の高校生ですかというような言われようは
さすがに されなんだのだけれど。

 これまでの長きに渡ってずっとずっと利他的でおいでだった
 その反動が出たのでは……との解釈でもって

たまにはこういう“我を通す行動”
起こされたっていいじゃあないかと、皆で黙認し。
殿下へのアドバイザー役はよろしくとばかり、
畏れ多くも内務大臣をスケープゴートに差し出して。(こらこら)
殿下の分もと大臣らが頑張っておいでの歳末だったりするそうで。


  そういった大人たちの世界での、
  内政のすったもんだはともかくとして(えー?)


これまでの数年ほどで、
いちごのショートケーキに始まり、
チョコレートケーキに スフレタイプのチーズケーキ、
ロールケーキの応用になるブッシュドノエルなどなどと、
各種ケーキに挑戦し、頑張って来られた殿下だったが。
今年はそれらに飽きられたのか、
ちょっと目先を変えてみようとなさっているらしく、

 「スポンジケーキの生地に入れぬ、水という要素が肝なのです。」
 「水?」
 「はい。
  それと、小麦粉を投入する段でも
  鍋はしばし火にかけたままで混ぜ合わせます。」
 「……っ。(おお)」

少しほど練ることで弾性を持たせた生地の中に封じ込められた水分が、
オーブンで焼かれるおりに膨張し、
それが生地を持ち上げることで膨らむというところまでは同じながら、

 「生地に弾性があることで、
  蒸気が外へ逃れることをすぐには許さぬため、
  その間合いが出来る分、
  手鞠のように 中に空洞を作って膨らむのですよ。」

 「………さようか。」

一体 何の話をしているものなやら。
お母さんとか妙齢な女性などがたしなむ
お菓子作りの会話とは到底思えないほどに四角い話しようなれど、

 『手鞠のように 中に空洞を作って膨らむ』

と来れば、ああ、そこへクリームを充填するあのお菓子ねと、
何とはなくお題も見えては来るというもので。

 「膨らませた後に
  乾いた側生地から水分が逃げてくれるというところまでは、
  問題なく合格なのですが……。」

ちゃんと膨らむのに何でまたと、
その先のところが、
こちらの王城の厨房を預かる料理長にも合点が行かぬとされた、
殿下の手掛けたシュー生地の不可思議さ。

 「何でまた、こうも堅くなってしまうのでしょうか。」

 「???」

何年も掛かったとは言え、
スポンジケーキをそれはそれはふっくらと焼く腕前を
何とか身につけたお方だけに(…う〜ん、衝撃の事実・笑)
一概に“得手ではないから手際が悪い”とも思えぬのだが、
どういうワケだか、このシュークリームの側生地さん、
ちゃんと膨らむのに、
その後、岩のように堅く仕上がるのがどうにもならずで。
カスタードクリームを入れるにも、
絞り出し袋の口金どころか
ナイフの刃さえ歯が立たないので
蓋を開けるのがなかなか…

 「…っ! あああ、また割れてしまった。」

少しでも隙間をと恐る恐るこじ開けてはみるものの、
どういうバランスがあるものか、
中への貫通口が少しでも開こうものなら、
他の部分まで一気に破砕されてしまうから始末に負えない。

 「〜〜〜〜。」

数日かけてもなかなか完成まで至らぬ難物相手に、
辛抱強い殿下も口元をありあり曲げてしまわれておいで。
昨日なぞは、肝心なセナくんから
『何かお悩みでもお在りなのでしょうか?』と
心配そうに案じられていたほどで。

 「……今年はもう諦めましょうか?」

ほら、昨年のフォンダンショコラは中のチョコソースが見事にあふれ出て、
玄人はだしの出来だったじゃありませぬかと、
何とか話の舵を取ろうとなさった高見大臣だったのだけれども。

 「〜〜〜〜〜〜。」

政治向きの話でもあるまいに、
いやいや、だからこそなのか、
そう簡単には諦めたくない殿下が取った対策は………



     ◇◇◇


普通の紅茶用ではなくて、
温めたスープを朝食や昼食に出すおりに使う、
両脇に取っ手のついたカップに満たされていたのは
仄かにカスタード風味のするホットミルクで。
そこへ、深皿に盛られてあった…ビスケットともクルトンとも異なる、
ざらざらと乾いた焼き菓子のかけらを大きめのスプーンで投入し。

 「………。」
 「ほんの一呼吸を待つのですね。はい。」

言われた通りにお預けを守ってから、
シチュー用のスプーンで浮かべた菓子を掬って、ミルコごとお口へと運べば、

 「……あ、美味しいですvv」

まだカリカリのところと、しっとりミルクを吸って柔らかいところが絶妙で。
それと、菓子のほうのところどこ、
砂糖を塗ってた甘みが不意打ちのように口の中で広がるのも嬉しいですよねと。
思わぬ仕掛けのある変わったスィーツだと喜んでくれたセナくんだったのへ、

 「………vv」

殿下が満足したのは勿論のこと、
一緒に頑張って政務以上に疲弊なされた高見大臣も
大きに喜ばせたのは言うまでもなかったりするのであった。
そして、このシュークリームの失敗もどきが、
後の世にシュガーシリアルと呼ばれる代物の祖になったかどうかなんてのは
筆者にもよくは判らないのであった。


   うんうん、平和よね。





    〜Fine〜  12.12.29.


  *十一月の頭に いきなりの骨折と入院と相成りまして、
   何のご挨拶もなくの音信不通となりましたこと、ここにお詫び申し上げます。
   その間に秋の題材あれこれをすっぽりと取り逃したのも悔しかったですが、
   セナくんのお誕生日も微妙に取り逃がしたのが、
   何だか“不運”に とどめを差されたようでございましたよぉ。
   遅ればせながらですが、セナくんお誕生日おめでとうvvということで。

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